WebGPUがついに利用可能に
WebGL以上の高速な描画と、計算処理への可能性

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2023年5月にリリースされたGoogle Chrome 113で、次世代WebグラフィックスのJavaScript APIであるWebGPU(ウェブジーピーユー)がデフォルトで利用できるようになりました。ICS MEDIAでは2018年にWebGPUについて紹介していましたが、当時はSafariで開発者向けのフラグを有効にした場合にのみお試しできる実験的機能でした。

デスクトップChrome限定ではありますが、WebGPUが一般ユーザーの環境でも動作できるようになったいま、オリジナルのデモを交えてあらためてWebGPUを紹介します。

この記事で紹介すること

  • WebGPUがChrome 113で標準で利用可能になった
  • WebGPUはモダンな3D APIに直接アクセスすることで、WebGLより高い性能が得られる
  • WebGPUだとドローコールの最適化をしなくても十分に高速
  • WebGPUはコンピュートシェーダーが使え、汎用計算にも応用できる
  • WebGPU対応のJavaScriptライブラリも出揃いつつある

※本記事のデモはChrome 113にアップデートしてご覧ください

WebGPUとは

WebGPUは、ウェブブラウザ向けの次世代のグラフィックスおよび計算APIです。現在、ウェブの3D表現や高パフォーマンスを求める2D表現では、多くのコンテンツでWebGLが使われていますが、WebGPUはWebGLの後継となりうる技術です。WebGLをより効率的かつパワフルに置き換えることを目的として、現在W3Cによって策定が進められています。

WebGPUは、Direct3D 12(Windows)、Metal(macOS、iOS)、Vulkanヴァルカン(Android)といったモダンでよりGPUのネイティブに近い3D APIに直接アクセスすることで、高いパフォーマンスと効率を実現します。

WebGPUはじめの一歩

最初に単純な三角形を描画してみます。3Dでは定番のHello Worldみたいなものですね。canvasタグにWebGPUのレンダリングで表示しています。WebGPUにトライしてみようという方はぜひソースコードをご覧ください。メインの処理は130行ほどのJavaScriptです。

WebGPUを使った単純な三角形の描画デモ

APIの使用方法はWebGLとは違う点がいくつかあるものの、三角形を描画するだけであれば比較的単純なコードで実現可能です。新しい概念を学ぶときは、まずは単純化し、一歩ずつステップアップしていくことは重要です。

WebGPUの描画性能

WebGPUの描画性能を紹介します。次のデモは、WebGPUで3Dシーン内にたくさんのオブジェクトを配置した場合に、パフォーマンスにどう影響するのかを模しています。

▼WebGPU版デモ

WebGPUを使った描画デモ

3Dモデルは単一のものを使用していますが、それぞれのモデルは独立にパラメーター制御(回転)をしており、いわゆるドローコール(描画命令)はモデルの数と同じ回数呼びだしています。

WebGLで開発をしたことがある人は、ドローコールが大量に発生すると、パフォーマンスが低下しがちになることを知っていると思います。しかし、デモを実際に試してみると、環境にもよりますが数千回のドローコールでも安定して実行できています。WebGPUは、ドローコール呼び出し自体の負荷がWebGLよりも低くなります

WebGLとWebGPUの比較

比較のため、同じ内容のデモをWebGLで作成しました。WebGPUとWebGLで実行性能の違いはあるのでしょうか?

▼WebGL版デモ(比較用)

WebGLを使った描画デモ

右上のスライダーで描画するモデルの数を変更したときの、それぞれのデモでフレームレートを確認ください。WebGPUのデモのほうが、60FPSを保ったまま描画できるモデルの数が多くなっていると思います。

2つのデモで、3Dモデルを一定数表示したときのフレームレートはそれぞれ下記の結果になりました。1万回のドローコールコールを行うと、WebGLのデモでは30FPSにまで落ちているのに対し、WebGPUのデモでは50FPS近い値がでています。個数を増やしていっても一貫してWebGPUのほうがパフォーマンスがでていました。

▲数値が高いほどパフォーマンスが良好なことを示します。青がWebGPU、オレンジがWebGLです。

検証環境: Chrome 113.0.5672.53 / macOS 13.3.1 / MacBook Air M1, 2020

コラム: なぜWebGPUのほうが高速に実行できるのか?

(WebGLの開発経験者向けのコラムです)

WebGLでは、ドローコール実行時にそれまでにWebGLRenderingContextに設定された各種ステート(描画時の設定等)の検証のため、CPUでの負荷が大きくなっていました。対してWebGPUでは、実行に必要な各種ステートをあらかじめ設定する「パイプライン(描画時はGPURenderPipeline)」と呼ばれるオブジェクトを作成します。ステートの検証は作成時点で行うため、実際のドローコール実行時の負荷を大きく軽減できるメリットがあります。

また、描画設定のバリエーションごとに別個のパイプラインを事前に作成する必要があるものの、パイプラインの切り替え自体は一度のAPI呼び出しで完結します。WebGLではステートを変更するAPIが設定ごとに個別に別れているため、1度の画面更新でオブジェクトごとに描画設定を変えようとすると切り替えのAPI呼び出しが多くなり、これも負荷の原因となっています。

まとめると、WebGPUのパイプラインは描画や計算に実行に必要な設定をすべて詰め込んであるため、描画時の検証や設定の切り替えがWebGLと比べて低負荷です

※頂点の座標やシェーダーで使用する定数などの実際のデータはパイプラインに含めません。これらのデータに関してパイプラインに含めるのは頂点や定数のフォーマットや使用方法のみのため、検証を高速化しつつ、実データは柔軟に設定変更できます。たとえば同じシェーダー、描画設定であれば1つのパイプラインを使用して頂点バッファーとテクスチャのみを切り替えて複数のモデルを描画できます。

※WebGLで一度に大量の同一オブジェクトを描画する場合、ジオメトリインスタンシング機能を使用するとドローコールの呼び出し回数を抑えてパフォーマンスを大きく改善できます。今回のデモでは、負荷をみるためあえてこの最適化は行わず、愚直にドローコール呼び出しをしています。また、もちろんWebGPUでもジオメトリインスタンシング機能は利用できます。

WebGPUで新たに使用できるようになるコンピュートシェーダー

WebGLと比べて、WebGPUで新たに使用できるようになった大きな機能の1つはコンピュートシェーダーといえるでしょう。コンピュートシェーダーはGPGPUジーピージーピーユー(GPUを使用した汎用計算)のためのシェーダーで、GPUの演算性能を活かして高速に数値計算を実行できます

ここ数年のコンピューター技術の話題をふりかえると、AI(人工知能)の分野でGPUが使用されています。また、暗号通貨の採掘のためにグラフィックスボードの需要が高まった結果売り切れてしまうなど、GPGPUはすでに身近なものになっていることがわかるでしょう。もちろんコンピュートシェーダーは3D描画で使用するオブジェクトの座標や状態の計算にも活用できます。

コンピュートシェーダーのデモ

WebGPUのコンピュートシェーダーを使用して「バイトニックソート」を行うデモを作成しました。ランダムな要素の配列を生成し、JavaScript標準のsort()関数でCPUを使ってソートした場合の実行時間と、コンピュートシェーダーでGPUを使ってソートした場合の実行時間とを比較します。

下記のデモを実際に試してみましょう。要素数が少ないときはCPUのほうが実行時間が短いのですが、要素数が大きくなると速度は逆転し、GPUでの実行がCPUに大差をつけて高速になることがわかります。

WebGPUのコンピュートシェーダーを使ったバイトニックソートのデモ

バイトニックソートは並列計算に適したソートアルゴリズムです。GPUは並列計算が得意なので、コンピュートシェーダーを使用して並列計算することで、効率的にソートを実行できます。

※バイトニックソートはソートする要素数が2の累乗でないと適用できない制約があるため、場合によってはダミーデータの追加が必要です

CPUとWebGPUの計算時間の比較

CPUとGPUそれぞれのソート実行時間は、要素数に対して下記の結果になりました。グラフ上で、WebGPU(青の線)は4096要素以下ではCPU(緑の先)より少しだけ上になっており、時間がかかっています。しかし要素数が増えるにつれて実行時間は逆転し、その差は大きく開いていきます。CPUでの実行は指数関数的に処理時間が増大しているのに対し、WebGPUの方は30ミリ秒以下のまま線形での増加で落ち着いていることがわかります。

▲数値が低い方が良好な成功です。青がWebGPU、緑がCPUです。

検証環境: Chrome 113.0.5672.53 / macOS 13.3.1 / MacBook Air M1, 2020

コラム: なぜ要素数が少ないとCPUのほうが高速に実行できるのか?

GPUでのソート実行時間の計測には、GPUにソート対象のデータを転送し、ソート実行後にまたCPUに戻す時間も含まれています。要素数が少ないうちは、転送時間やGPUに命令をするためのオーバーヘッドのぶんGPUでの実行のほうがCPUより時間がかかるようです。要素数が多くなるとオーバーヘッドを補ってあまりある計算能力で速度が逆転していると考えられます。

このことからわかるように、コンピュートシェーダーを使うと大量のデータの並列計算を大きく高速化できます

WebGPUの現在の実装状況

現在、ChromeのWebGPU実装はAPI仕様の主要機能のほとんどが動作します。WebGL、さらにはWebGL 2で作成できるものと同じ表現をWebGPUの新しいAPIを使用して再現できます。

試しに、ICS MEDIAで以前紹介したWebGL 2のMRT(マルチプル・レンダー・ターゲッツ)機能を使用したデモをWebGPU向けにリプレースしてみました。ディファードレンダリングという手法で、3Dシーンに多数のライトを配置してライティング表現を行っています。

WebGPUでMultiple Render Targetsを使用した描画デモ

一例ですが、WebGLに対してWebGPUが同じ表現を再現できるAPIであることを示しています。

各ブラウザのWebGPU対応状況

Chrome以外の各ブラウザでもWebGPUの実装は進んでいます。2023年4月現在の主要ブラウザの対応状況をみてみましょう。

Chrome

  • Chrome 113よりデフォルトで使用できるようになりました

Edge

  • Edge Beta 113時点ではデフォルトで使用できますが、いつリリースチャンネルで有効になるのかは情報がありません
  • 現在のEdgeはChromeと同じくChromiumがベースとなっているので、実装状況としてはChromeと同等です

Safari

  • 現状、Safariの最新バージョンであるSafari 16.4では、リリース版でも開発版(Safari Technology Preview)でも最新のWebGPUは使用できません
  • 以前は[実験的機能な機能]メニューからフラグを有効化することで古い仕様のAPIが「WebMetal」として使用できたのですが、現在はなくなっているようです。WebGL 2でも他ブラウザより対応が遅れていたSafariだけに、今後の足並みが気になるところです

Firefox

  • Firefoxのリリース版では使用できませんが、開発者版のFirefox Nightly 114ではフラグを有効にすると使用できるようです。このフラグはもうすぐFirefox Nightlyでデフォルトで有効になり、2023年の半ばにはリリースされる予定とのことです
  • 筆者の環境では、フラグを設定することで必要なAPIは公開されるようになったものの、Canvasにレンダリングするときにクラッシュしてしまいました。フラグの設定が何か足りていないか、まだ安定していないのかもしれません

Chrome for Android

  • 残念ながらAndroid版のChrome 113では使用できないものの、追って対応されるようです

Safari on iOS

  • macOS版のSafariと同様、使用できません

ライブラリのWebGPU対応状況

今回のデモはライブラリを使用せずにネイティブのJavaScript APIとWGSLシェーディング言語を使用してスクラッチで実装しました。多くの方はライブラリを使用してコンテンツを開発しているので、ライブラリの動向が気になると思います。

3D描画ライブラリのThree.jsBabylon.jsなど、主要なWebGLライブラリもすでにWebGPUの実装が進んでいます(Babylon.jsはWebGPUをフル対応しています)。

Three.jsのexamplesに掲載されているWebGPUデモ

▲Three.jsで動作するWebGPUのサンプル。WebGPUの対応は各ライブラリでも進められている

2D描画ライブラリのPixiJSでは、次期メジャーバージョンのv8でWebGPUがサポートされるとのことです。また、描画ライブラリではありませんが、JavaScriptで機械学習を実行できるTensorFlow.jsでもWebGPUをバックエンドに使用して高速化するオプションを選択できるようです。

多くのユーザーが恩恵を受けることになるこれらのライブラリでの使い方も、今後ICS MEDIAで紹介していければと思いますのでぜひ今後の動向もチェックしてみてください。

おわりに

WebGLを策定しているのはKhronos Group(クロノスグループ)ですが、WebGPUはW3Cが策定しています。WebGPUのW3C上の勧告プロセスではまだWorking Draftであり、正式勧告まではまだまだ時間がかかりそうです。しかし、今回標準のChromeでAPIが公開されたことはひとつの大きな転換点となるでしょう。これによってさらにフィードバックや他環境での実装、公開が促進され、WebGPUが標準に近づくことを願っています。

参考文献

川勝 研太郎

インタラクティブディベロッパー。ゲーム技術、GPUとその周辺技術について日々勉強中。自宅周辺の移動手段は自転車。

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